三浦文学を生んだ空間。

ベストセラー作家、三浦綾子さんが多くの名作を執筆した旭川の旧宅を、小説「塩狩峠」の舞台となった、ここ和寒町の塩狩峠に復元。小説「氷点」執筆の部屋や小説・映画「塩狩峠」に関する資料などを展示しています。

「塩狩峠記念館」の復元にあたっては、三浦夫妻から生活用品等の寄贈をいただき、昭和30年代に夫妻が執筆活動をなさっていた生活空間をリアルに再現しています。訪れる方々に三浦文学誕生当時の夫妻の有り様や人柄にふれていただき、三浦文学をより一層理解していただくとともに、後世に三浦文学の礎を伝えてゆかんとするものです。
記念館としての建築基準法に基づき階段を緩やかにしていますが、保存されていた構造材を可能な限り使用し、この建物が建てられた時から今日まで刻み込まれてきた時間と空間のイメージを大切にして建設されています。(公式パンフレットより一部抜粋)

 

三浦文学と旧宅

三浦綾子さんは昭和34年に光世氏と結婚され新婚生活を始めて間もない昭和36年に旭川市豊岡2条1丁目に新居を建て、そこに小さな雑貨店を営みながら執筆活動をされてきました。
朝日新聞社の1千万円懸賞小説に「氷点」が入選し、手狭になったため昭和44年に現在の住居に移転し旧宅は、現旭川めぐみ教会に寄贈され24年間にわたり使われてきましたが、平成5年に老朽化を理由にとり壊されることになりました。
しかし、この旧宅は、作家三浦綾子誕生のきっかけとなった「氷点」をはじめ、「塩狩峠」、「道ありき」などの代表作を執筆した家であり、三浦文学の原点となった家でした。とり壊し開始目前に開催された解体式に三浦夫妻も出席し旧宅との別れを惜しまれ、その姿を見た出席者から「ただ解体撤去してしまうのは惜しい」という声が相次ぎ、保存の会を結成し、保存することになりました。
以来4年、柱や梁、鴨居などの構造材が保存され、復元する場所を検討されてきましたが、三浦作品のなかでも「塩狩峠」が最も読まれているということから平成9年7月に三浦夫妻と和寒町が合意し、平成11年に節目となる100年を和寒町が迎えたことから記念事業の一環として実施したものです。(公式パンフレットより抜粋)

 

代表作「塩狩峠」とは

ここ塩狩峠は、天塩国と石狩国の境界にある標高272mの峠であり、古くは交通の難所として知られたところでした。作家三浦綾子さんの小説「塩狩峠」は、明治42年2月28日の夜、汽車が峠の急勾配にさしかかった時に客車最後尾の連結器が離れ、逆降暴走した際に当時国鉄職員であり、乗客であった長野政雄が自ら車輪の下敷きになって乗客の命を救った事実をモデルに書き上げられたもので、JR塩狩駅構内には「長野政雄殉職の地」顕彰碑が建立されています。(公式パンフレットより抜粋)

 

 

桜の名所としても有名な塩狩峠

小説「塩狩峠」の舞台として有名な塩狩峠ですが、昔から桜の名所として知られ、塩狩駅の線路を挟んで反対側に、「塩狩峠一目千本桜」と呼ばれる桜の名所があります。5月中旬には約1,600本のエゾヤマザクラが峠一面を覆い、その美しさから多くの観光客が訪れる人気観光スポットとなっています。

 

 

 

桜の名所、塩狩峠にひっそりと佇む「塩狩峠記念館」。
小説「塩狩峠」をはじめ、世代を超えて読み継がれる三浦文学を生んだこの空間は、これからも塩狩の地で、三浦文学の礎を後世に受け継いていきます。

ベストセラー作家、三浦綾子のルーツにふれる「塩狩峠記念館」No.014648-03-0002

塩狩峠記念館
・住所:北海道上川郡和寒町字塩狩
・開館期間と時間:4月から10月 午前10時~午後4時30分/11月 午前10時?午後3時30分/2月28日
・休館日:毎週月曜日(月曜祝日の場合は翌日)
・URL:和寒町 産業振興課(外部サイト)

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